極真空手とは

大山倍達(1923~1994)

 国際空手道連盟および極真会館は創始者、大山倍達が提唱した「頭は低く目は高く、口慎んで心広く孝を原点として他を益する」という極真の理念を礎とし、極真空手を通じて人格の陶冶と心身の鍛錬をはかり、社会貢献を遂行するものである。

 さらに極真空手道においては、人種、民族、国家、政治、思想、宗教、性別、年齢などによる、差別、偏見がなく、全ての人々が平等の権利を有することを旨とし、国際交流をもって全世界の平和友好を目指す。(極真会館公式WEBサイトより抜粋

創始者 大山倍達総裁 紹介

1923年 大山倍達誕生

1943年 日本航空隊に入隊

1946年 早稲田大学体育学科入学 身延山に入山、武道精進に励む

1947年 京都丸山公会堂での全日本空手道選手権大会で優勝

1948年 空手に生涯をかける決意をし、清澄山入山、18か月の修行を行う

1950年 千葉館山で牛と対決。47頭の牛を倒し、うち4頭は即死

1951年 米軍の要請に応え、進駐軍の兵士に空手を指導

1952年 シカゴの空手協会に招かれ渡米、11か月に渡り全米32か所で演武と空手指導

1954年 東京目白に『大山道場』の看板を出す

1956年 大山道場、池袋の立教大学裏のバレエスタジオを借りて稽古を始める

1960年 アメリカ、ヨーロッパなど16か国に72の支部発足

1963年 池袋に極真会館総本部建設着手

1964年 極真会館総本部竣工、国際空手道連盟を正式に発足

1969年 第1回オープントーナメント全日本空手道選手権大会開催

1975年 第1回オープントーナメント全世界空手道選手権大会開催

1988年 日本国内のすべての都道府県に極真会館の組織が確立

1994年 肺がんのため死去 享年70才

松井章奎館長 紹介

1963年 1月15日東京に生まれる

1976年 6月12日 13才で極真空手に入門 入門後約1年で初段取得

1980年 17才で第12回全日本大会に初出場 第4位入賞

1981年 第13回全日本大会3位

1982年 第14回全日本大会3位

1983年 第15回全日本大会8位

1984年 第3回全世界大会3位

1985年 第17回全日本大会優勝

1986年 4月、中央大学商学部経営学科卒業

    5月、空手界最大の荒行と言われる「百人組手」を完遂

    11月、第18回全日本大会優勝

1987年 第4回全世界大会でついに優勝を修める

1992年 5月、本部直轄浅草道場を開設して支部長となる

1994年 5月、大山倍達総裁の生前の遺志に基づき館長に就任

現在は組織運営のかたわら世界各地を訪問し、技術指導、後輩の育成にあたる。

※現役選手時代全56試合の通算成績は50勝6敗。第17回全日本大会から第4回全世界大会にかけての3連覇の記録は極真史上に残る大記録となっている。

お問合せはこちら

お電話でのお問合せはこちら

058-254-1833
  • お子様のしつけや集中力強化、体力強化
  • 生涯続けられる習い事・趣味としての武道を…

一緒に、空手の楽しさ・奥深さを感じ、心身ともに鍛えながら豊かな人生にしていきませんか?

機関誌 ワールド空手

5月号 発売中 定価900円

CONTENTS

[最新情報]
4月21日(土)22日(日)東京体育館
2018国際親善大会(第35回全日本ウェイト制、2018世界女子ウェイト制その他)

6月2日(土)3日(日)大阪府立体育会館
I.K.O.セミコンタクトルール2018全国交流大会/2018全国型交流試合

[インタビュー]
松井章奎館長
極真会館がなぜ今、セミコンタクトルールの競技に着手するのか?
 
全国各地区で行われたI.K.O.セミコンタクトルール講習会レポート

2.10~2.12冬季全国選手強化合宿レポート
「これからの極真空手は100発叩いて倒すのではなく、
1発の技を決めて倒す!」
男女合同合宿で女子も改定ルールへの意識改革に

全日本チャンピオンとして初めて臨んだ選手強化合宿
髙橋佑汰

冬季全国選手強化合宿/参加男子選手&女子選手アンケート

鎌田翔平が勝利のポイントを徹底解説!
これが『第49回全日本大会』の決め技のメカニズムだ。
中段廻し蹴り・中段前蹴りに対する捌き技解説

PREVIEW
第35回全日本ウェイト制空手道選手権大会
改定ルール施行2年目の進化を見せる
四強に次ぐ存在感を見せるのは誰か!?

大会のご案内

2018国際親善空手道選手権大会
第35回全日本ウエイト制空手道選手権大会